9月ももう終わりを迎えようとしています。
この1ヶ月はいかがでしたか?
先ほど、Yahoo!を見ていたら、
「中2女子、男子生徒に頭など8か所切りつけられる」という熊本で
起こった事件を目にしました。
世の中では新しい安倍政権が発足し、教育再生も大きな柱として公約の
ように取り上げられています。
しかし、少年少女や若者の心の状態は制度を少し変えたくらいでは解決
できないほど深刻になっていると感じさせられます。
8月31日vol.38のメルマガで触れた
「高校生の男の子が友人に頼んで母親を殺害した事件」についての
続報が入りました。
現実と想像の世界との区別がつきにくい気質の友人に架空の「殺人組織」
を信じ込ませ、組織を通じての「仕事」と称して、母親の殺害を依頼した・・・。
と報道されています。みなさんはどうお感じになりますか?
あってはならないことだとショックを受けながらも、
小さな頃からゲームやパソコン、携帯をはじめあらゆるバーチャルワールドに
囲まれて育った世代ならごく普通の少年も起こしうるのではないか・・・と悲しい
気持ちになります。
私たちはこの事件から何を汲み取ればよいのでしょうか?
最近、キレてすぐ友人や家族など周りの人に危害を加える少年少女の事件を
聞くと、「生きる感覚」がどんどん薄くなり麻痺しきってしまっているのかな?
と思うことがあります。
スピーディで便利なこの世の中で、
・時間をかけて地道に一つのことに取り組むこと
・一つの体験や経験をじっくりと味わうこと
・くやしい、悲しい、嬉しい・・・という本物の感情
・心からの安心感をもってゆったりと過ごすこと
などの“自分が今ここに存在している”という生を確かに感じる体験なしに
思春期を越えてしまい「生きる感覚」が麻痺し切ってしまっているのでは?・・・
とも感じるのです。
子供たち自身も、そんな自分をどうしていいのかよくわからず苦しんでいるのでは
ないでしょうか。
その一方で、「生きる感覚」に鋭敏なため、逆に現代の人間関係や社会関係にうまく
なじめないという若者も増えています(一般には、ニートや引きこもりなどと呼ばれます)。
このような生に対しての「麻痺」と「鋭敏さ」の二極化が進んでいることが、今の
子供たちの特徴だと感じるのですが、みなさんはどう思われますか?
「ゼロトレランス教育」(寛容度ゼロの教育)の導入の動きにもあるように、
学校は今後ますます決まった範囲での教育に特化し、個々人で対応が異なる
心や感性を育むことなどについては家庭や地域が担うということになりそうです。
「生きる感覚」をバランスよく取り戻していくためには、
家庭で何ができるのか?子供たちにはどんな体験が必要なのか・・・?
みなさんのご意見をお聞かせください。