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今日は、普段の活動を通して感じる「子供たちに伝えたい本当の賢さ」
についてお話してみます。
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★ 「禁止」するだけでは本当の教育にならない?
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私が参加している活動の中で、週に1度、放課後小学生を集めて「勉強&遊び」を行う教室があります。
この教室の目的は「子供の感性を豊かに養うこと」。
大人が子供を枠にはめるやり方は、一旦おいて、できるだけ自由にのびのびと楽しく勉強をし、遊びも工夫してやろうという趣旨の教室です。
しかし、そこで問題となるのが「ポータブルゲーム機」。
勉強を終えた後は、みんなで一緒に遊ぶ時間だけでなく個人で自由に遊ぶ時間もあるため、当然子供たちは自分の家にあるゲームをもってきます(DS、ゲームボーイから「たまごっち」まで・・・バラエティ豊かです)
大人の側からは、「ゲームを持ってくるのを禁止してしまえばいい」という意見が多数でています。
しかし、私は“単に禁止することで解決するのかな?”と思います。
禁止を唱える人の意見には???と感じ、少しピンときません。
逆にゲームをもってきてくれるおかげで、様々な教育の機会が生まれると感じています。
(もちろん、これを破ったときには厳しく叱ることもあります)
・「ゲームは、勉強をしっかりやってからやるようにする」
・「他の人が勉強しているときは、やらない。または音を消してじゃまにならないように行う」
・「順番を守ってする。独り占めにしない、みんなで一緒に楽しむ。」
大事なことは、ゲームを禁止することではなく、ゲームと上手に付き合うことだと思うのです。
大人が教えられることがあるとすれば、禁止することではなく、目的に合った使い方をする賢さについてではないでしょうか。
本当に、ゲームがだめなものなら、そもそも創らなければいいわけです。
それを創って子供たちに与えているのは私たち大人ですね。
だから、禁止するのでなく、その付き合い方を上手に教える手間を大人は惜しんではいけないと思います。
★ 子供を下に見た躾や教育には、後で大きなツケが・・・
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教育や子育てには、その大人が子供を感覚的にどのようにとらえているかが大きく影響すると思います。
いろんな子供たちとお付き合いして感じることは、子供を絶対的に下に見てなされた躾や子育て・教育は、残念ながら後で大きなツケが返ってきてしまうということです。
例えば、親自身ができていないことを子供に躾や教育と称して厳しく言うとしましょう。
小学生までの学童期は、表面上服従するかもしれませんが、思春期以降そのごまかしがハッキリ子供にはわかります。
それは親への不信感となって現れ、その時になってあわてて関係を修復しようとしても簡単なことではありません。
子供に何かを禁止させようと思うなら、その前にまず親自身はどうなのかを考える必要があります。
大人にも、お酒をやめられない、タバコがやめられない・・・ということがあります。
それを禁止されたらどうでしょうか?
お酒やタバコのほうが、体に悪いことがはっきりしています。
もちろん、全面的にやめなければいけないということではないのですが、それらと上手にお付き合いができていないとすれば、大人として本当の賢さを身に付けているとは言えません。
身に付けていないものを、子供に上手に伝えることは難しいでしょう。
(大人と子供は違う、大人にはいろいろ事情があるというのは、子供にとって詭弁やごまかしとしか映りません)
“自分が深く本質的にできていると思えることしか、子供には課さない”
人としてのルールを子供との間でもまず守っていただきたいと思います。
★ 子供は大人に本当の賢さを教わりたがっています
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では、子供が大人に求めているものは何でしょうか?
それは上記のことをふまえた本当の賢さであり、人生を本当に幸せに生きる知恵の部分です。
それは、物事の本質、生きる意味、本当の意味で幸せになる知恵と言い換えてもいいでしょう。
子供は確かに、現実的には無知な部分がたくさんあります。
色鮮やかなお菓子にすぐ飛びつきますが、それには人工的な着色料、調味料が一杯です。
それを説明したうえで、最初から与えないのは大人の賢さといえます。
子供は社会的な仕組みや現実など何も知らずに、すぐに何でもできると思っています。
その思いはきちんと受け止めながらも、その夢ややりたいことを実現するための選択肢と方法を上手に示すこと、そして可能性を広げてあげることも、同じく大人に求められる賢さでしょう。
実際、子供に自由に物や行動を選択させるには、この社会には危険と困難が一杯です。
しかし、その社会を創っているのは私たち大人です。
私たちの責任でもあります。
言い訳はできません。
まずは、そこから思考を展開し始めてほしいのです。
・私たち大人が創っている社会の仕組みや現実を大人自身が深く理解する
・私たち大人が創った現在の社会と未来への課題を噛み砕いて子供に説明する
子供は、知識・常識・ルールよりも、そのような未来を生きる知恵を強く求めています。
子供たち一人ひとりの個性と感性を、大人の狭い判断でムダにすることがないよう大切に受け取っていきたいですね。
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共に成長ですよね〜
ご無沙汰いたしております。
子供の教育について思うのですけど、教える方側の大人たちも一緒に成長していこうと言う思いを持っていないと上手く行かないんじゃないかなって思ってます。
自分自身の知識として持つ事より、人に理解できるように伝えると言うのは非常に難しい事ですよね。
いままで持っていた知識以上の物を持つ事が出来ないと人に上手く伝える事が出来ないと思うんです。
それを、中途半端な知識で物事を教えようとしてさらに深く考えもせず世間の風潮に合わせたやり方をしているようじゃだめだと思うんです。
これから輝ける未来が待っている子供たちを、努力しようとしない下らない大人たちに任せてはいけないですよね。
だから子供達のしつけをする前に、親である大人たちのしつけをするほうが先だと思うんです。
『親だからエライ』とか『大人の方が子供より優れている』と言う考えをまず最初に捨てて、子供たちと一緒に成長して行こうと言う考えを持つ事が、子供たちを教育し導いていく大人としての第1歩だと思います。
私が思う、親たちがまず最初に捨てる必要がある言葉と考え方は
『今まで育ててきてやったのに』
と言う最悪な言葉なのです。
子供を授かった以上育てるのは当然だし、それを大変な苦労をしたと言わんばかりにこう言う事をいうようじゃ親失格ですね。
この言葉の何処を捜しても愛情のカケラも見つけることは出来ません。
もし子供に愛情を持っているのならこう言う言葉はまず出てこないはずです。
子供にとって、親と言うのはどんなダメな親であれ絶対の存在なんですよね。
だからこの愛情の無い言葉を浴びせられた子供たちは深く心に傷を受ける事だと思います。
そして少しずつ心が離れて行く事だとも思うんです。
同じ言葉だったら
『私たちの元に生まれてきてくれてありがとう』
こういつも心に置いて大切な子供たちと接していきたいと思います。
大人になるにつれて薄れてしまって行く、『人のキモチ』を感じ取る能力を子供たちはいつもフルに活用しているって思うんです。
だから無知な大人たちの勝手な思い入れや下らない世間体に振り回され、子供たちの純粋な心を傷つけたり、ねじ曲げたりする事が無いように、親である私たちがもっともっと成長していく必要が充分にあると思います。
少しでも多くの人たちがこう言う考えをもってくれると、いじめや虐待など悲しい事件が減ってくるのでは無いでしょうか。
長々となりましたけど、そんなに難しい事では無いと思うんですけどね〜
皆さん立派な大人なんですしね!
コメントありがとうございます!
いつもコメントありがとうございます。
子供の教育についての深い思いありがとうございました。
ブログの趣旨にも合うものでとてもうれしく思いました。
子供の教育、成長というけれど、実質的に大人の精神的成長が親となる年齢と同時に止まっている方が多いとどこかの本でも読みました。
せいちろさんのいうように共に成長していかないともったいないですよね。
人として日々、ずっと成長していく姿勢は失いたくないものです。
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